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論文発表:地球温暖化によって激変する北極海の生態系:秋の強風が引き起こした従属栄養微生物生産の増大

論文発表:地球温暖化によって激変する北極海の生態系:秋の強風が引き起こした従属栄養微生物生産の増大

By In 活動報告, 論文発表 On 2016-11-09


地球温暖化の進行にともない、近年、北極海の氷が急激に減少していますが、このことは生態系や物質循環にどのような影響を及ぼすのでしょうか。ある研究によれば、氷が少なくなると、海水中に透過する光量が増大するため、植物プランクトンの生産(一次生産)が増加します。また、氷による風除け効果がなくなることで、海上を吹き荒れる暴風による海水の攪拌とそれに伴う栄養塩類の供給が活発化し、植物プランクトンのブルームが起こりやすくなるともいわれます。しかし、これらの予測は、いずれもコンピューターを使ったシミュレーションの結果であり、実際にこのような生態系の応答が起こるのかどうかを、詳細な現場観測にもとづいて検証した研究例はきわめて乏しいのが現状です。

私たちは、2013年9月に西部北極海の大陸棚であるチャクチ海で実施された定点観測に参加し、強風が北極海の生物地球化学的な循環にどのような影響を及ぼすのかを調べました。その結果、強風による海水の撹乱(栄養塩供給)によって植物プランクトンの一次生産が増大するのに伴って、従属栄養微生物群集の生産が顕著に増大することをつきとめました。また海水中の溶存態アミノ酸濃度や組成の結果から、従属栄養微生物群集が、一次生産者によって生産された溶存有機物をきわめて効率良く取り込んでいたことがわかりました。これまで、北極海のように通年にわたり寒冷な海域では、従属栄養微生物群集の活性が低い海水温によって厳しく抑制されているという説がありましたが、今回、私たちが得た結果は、この低温抑制説をくつがえすものです。さらに、今回の観測では、強風によってチャクチ海の海底に流れが生じて堆積物が巻き上がったことで、海底付近の従属栄養微生物群集の活性や生物量が顕著に増大するという新しい現象も見出されました。以上の結果は、氷の減少が、一次生産のみならず、従属栄養微生物群集の活性や物質代謝といったこれまで見落とされていたミクロの循環系にも大きな影響を及ぼすことを初めて示したものであり、北極海の生態系変動をより深く理解するうえでの重要な知見であると考えています。

 

この研究は文部科学省(GRENEプロジェクト)や日本学術振興会科学研究費補助金の支援を受け、極地研究所、ラバル大学、海洋研究開発機構との共同研究として実施されました。

 

発表論文

  1. Uchimiya, C. Motegi, S. Nishino, Y. Kawaguchi, J. Inoue, H. Ogawa, and T. Nagata (2016) Coupled Response of Bacterial Production to a Wind-induced Fall Phytoplankton Bloom and Sediment Resuspension in the Chukchi Sea Shelf, Western Arctic Ocean. Frontiers in Marine Science-Marine Biogeochemistry | doi: 10.3389/fmars.2016.00231

http://journal.frontiersin.org/article/10.3389/fmars.2016.00231/full

 

図1 チャクチ海における細菌数(A)と細菌生産速度(B)の時系列変動。ブルーム期に急激に増加していることがわかる。また海底付近に顕著な極大が見られるのもたいへん興味深い。Uchimiya et al. (2016)より。

図2 チャクチ海での観測風景(観測船「みらい」)

図3 観測船から見た流氷の浮く海