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海洋における有機物と微生物の相互作用システムの機構解明

温室効果ガスである二酸化炭素の大気中濃度は、産業革命以降、人間活動に伴う排出のために上昇し続けており、そのことが地球温暖化(気候変動)の原因のひとつになっています。 こう考えると、二酸化炭素は人間が生み出す「汚染物質」のようにも思えてしまいますが、実際には、地球上の生物の生存にとって不可欠な炭素源でもあります。海洋生物も例外ではありません。 海の有光層(十分に光が届く水深までの層)に生息する植物プランクトンは、二酸化炭素を原料にして、光合成によって活発に有機物を作り出し、その生産量は年間500億トン(炭素換算)に達すると推定されています。 ちなみに化石燃料の燃焼による二酸化炭素の年間排出量は70億トンですから、植物プランクトンはそれを約7倍も上回る莫大な量の二酸化炭素をせっせと吸収していることになります。

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生物ポンプとは

深層での「貯留」炭素

ところで、植物プランクトンが作り出した有機物は、食物連鎖を通して動物プランクトンや魚類の生産をささえ、最終的には私たちの食卓にまでのぼります。 光合成生産された有機物の約8割は、この食物連鎖を通過する間に、生物の代謝や死亡(分解)を介してふたたび二酸化炭素に戻り、大気へと放出されてしまうのですが、残りの2割程度(とはいえ約100億トンですからかなり莫大な量)は、海の深い層へと運ばれ、しばらくの間、海の中で「貯留」されます。 このような「貯留」炭素があることで、大気中の二酸化炭素濃度の上昇はある程度抑えられているのです。 いいかえると海洋深層での二酸化炭素の貯留は、温暖化の進行にブレーキをかける役割を果たしています。

生物ポンプの謎
海洋の有光層から深層へと炭素を鉛直輸送する仕組みのことを「生物ポンプ」と呼びます。 生物ポンプは、地球規模の炭素循環や気候にも影響をおよぼす重要な働きをしているのにもかかわらず、そのメカニズムや変動要因についてはまだ不明の点が多く残されています。 特に、今後、海水温の上昇や気候変動による海流の変化が起きたときに、生物ポンプの機能ははたして強化されるのか、あるいは劣化してしまうのか、といったことは人類にとっての重大な関心事です。 この問題を考えるうえで、生物ポンプのメカニズムやその機能の変動要因を、いままで以上に正確に理解することがとても重要な課題になってきています。

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本研究では、生物ポンプの機能に関係する、有機物と微生物の相互作用システムを様々な側面から解明することを通して、海洋が炭素を貯留する仕組みや変動要因についての理解を深めることを目指しています。 現在推進している研究テーマのひとつを以下にご紹介します。


マリンスノーのできかた

有機凝集物の「種」の解明
生物ポンプにはさまざまな生物学的あるいは物理化学的なプロセスが複雑に関わっているのですが、このうちマリンスノーとよばれる不定形の有機凝集物の沈降は、有機炭素を運ぶ重要なメカニズムのひとつであると考えられています。 海の中で光を照らしたところ、雪のように不定形のかたまりが「降っている」のが観察されたというのがマリンスノーの名前の由来ですが、もちろん、雪のように小さな氷の集まりがあるというわけではありません。 多様な海洋生物(特に微生物)やそれらの遺骸から放出されるさまざまな種類の高分子の有機化合物(ポリマー)が、海水中で互いに衝突し、ゆるく結合することでマリンスノー(有機凝集物)が生まれるのです。 しかし、それがどのような条件のもとで生成し、成長し、また消滅するのかについては多くの謎が残されています。

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本研究では、マリンスノーの「種」となる小さい凝集物の海洋における分布の調査や、凝集物の沈降速度の変動要因の実験的な検証、さらには凝集物が大型化するメカニズムの解明を通して、生物ポンプの制御機構の理解を深めたいと考えています。

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本プロジェクトに関連する主な成果

 

Nagata, T., Tamburini, C., Arı´stegui, J., Baltar, F., Bochdansky, A., Fonda-Umani, S., Fukuda, H., Gogou, A., Hansell, D.A., Hansman R.L., Herndl G.J., Panagiotopoulos, C., Reinthaler, T., Sohrin, R., Verdugo, P., Yamada, N., Yamashita, Y., Yokokawa, T. and Bartlett, D.H. Emerging concepts on microbial processes in the bathypelagic ocean – ecology, biogeochemistry, and genomics. Deep-Sea Research II. 57(2010)1519-1536. DOI:10.1016/j.dsr2.2010.02.019。

海洋深層における炭素循環と微生物のかかわりについて、生態学、生物地球化学さらにはゲノム科学といった様々な視点から検討した総説です。

 

Yamada, Y., Fukuda, H., Inoue, K., Kogure, K. and Nagata, T. (2013) Effects of attached bacteria on organic aggregate settling velocity in seawater. Aquatic Microbial Ecology 70: 261-272. DOI:10.3354/ame01658. Open Access

有機凝集物に細菌が付着しポリマーを分解することにより凝集物の空隙率が大きくなり、その結果、沈降速度が低下することを初めて実験的に証明しました。

 

Yamada, Y., Fukuda, H., Uchimiya, M., Motegi, C., Nishino, N., Kikuchi, T. and Nagata, T. (2015) Localized accumulation and a shelf-basin gradient of particles in the Chukchi Sea and Canada Basin, western Arctic. Journal of Geophysical Research: Oceans. 120, DOI:10.1002/2015JC010794. Open Access

西部北極海の陸棚域であるチャクチ海には、マリンスノーの「種」になる有機凝集物が大量に存在することを発見しました。