論文発表:細菌はゲル状粒子の凝集を促進する

潜水艇で海中にもぐり、暗い海の中に光をあてると、きらきらと輝く白い粒がたくさん降り注いでいるのが見えます。その様子が、まるで雪が降っているようであったため、これらの粒は、マリンスノーとよばれるようになりました。マリンスノーは、動物プランクトンや海の底に暮らす様々な生き物(ベントス)の餌として重要な役割を果たします。そればかりか、近年では、マリンスノーが降ることによって、海の表層から深層へと炭素が活発に輸送され、海洋での炭素の貯留が促進されるのではないかと考えられるようになってきました。ではマリンスノーとはいったい何者でしょうか?もちろん氷の塊ではありません。マリンスノーとは、プランクトンなどの海洋生物の死骸や排出物が凝集してできた有機物の塊(凝集体)のことです。いや、よく見ると有機物の塊の内部や表面にはたくさんの微生物(細菌、原生生物、ウィルス)が生息しているので、有機物と微生物の複合体というのが正しいかもしれません。

最近の知見をもとに、もう少し専門的に説明すると、マリンスノーの生成には「植物プランクトンや細菌から放出された有機ポリマーの自発的な会合によるゲルの形成」というプロセスが重要です。ゲル状の小型粒子は、たがいに集まり、大型の凝集体、すなわちマリンスノーを形成するのです。しかし、ゲル状の小型粒子がどのような条件下で凝集し、大型凝集体(マリンスノー)に変化するのかについては不明の点が多く残されています。

本研究では、回転培養装置という道具を用い、人工ゲル状粒子の凝集過程を追跡したところ、驚いたことに、滅菌処理によって海洋細菌を殺した海水中では、ゲル状粒子の凝集がほとんど起こらないのに対し、生きた海洋細菌を含む海水中では、ゲル状粒子の凝集が活発に起こることが明らかになりました。このことから、ゲル状粒子の凝集過程において海洋細菌が重要な役割を果たしていることが考えられました。そこで、単離した海洋細菌の培養株を用いて同様の実験を行ったところ、海洋細菌の種類によって、凝集促進能が大きく異なることが示されました。たとえば、Pseudoalteromonas属のある種は、非常に強い凝集促進能を示しましたが、同属であっても別の種は、ほとんど凝集促進能がありませんでした。以上の結果から、ある種の海洋細菌は、ゲル状粒子の粘着性を高め、凝集を促進する作用を強く示すことが明らかになりました。これまで海洋生態学では、主に有機物の「分解者」としての細菌の役割が注目されてきましたが、本研究の結果、細菌の種によっては、有機物の凝集促進という、これまで見過ごされていた働きをしていることがわかりました。今後、凝集促進に関わる生化学物質の同定や代謝メカニズムの解明を進める必要があります。

掲載誌:Aquatic Microbial Ecology

Yamada Y., Fukuda H., Tada Y., Kogure K. and Nagata T. (2016) Bacterial enhancement of gel particle coagulation in seawater Aquat. Microb. Ecol. | doi: 10.3354/ame01784 (In press)

図1

回転培養槽内でゲル粒子が凝集する様子。A)培養開始時(ゲル粒子は海水中に分散しているので肉眼ではよく見えない)、B)培養開始から48時間後(雪のようなふわふわした塊ができ始める)、C)培養開始時から96時間後(すべてのゲル粒子が凝集し、1cmほどの巨大凝集体がひとつ形成された!)。各写真の中のスケールは1 cmです。

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