本プロジェクトでは海洋生物や海洋環境中のさまざまな有機・無機化合物に含まれる炭素や窒素の安定同位体比や、放射性炭素(炭素14)の存在比を利用することで、海洋生態系の物質循環や生物の環境履歴(行動履歴)を解析するための新しい技術を開発する研究を進めています。
炭素14を使った生態系解析
以下に、炭素14の利用についての研究例をご紹介しましょう。
黒潮系水 – 高 ∆14C , 親潮親潮系 – 低 ∆14C
太平洋の低緯度海域を起源とする黒潮と、高緯度海域を起源とする親潮では、溶存無機炭素の放射性炭素同位体比(Δ14C)が大きく異なります。 海洋大循環の長い旅の終着点である太平洋亜寒帯海域で湧き上がった親潮水中の溶存無機炭素は炭素14が乏しい(Δ14Cが低い)のに対し、黒潮系の海水中の溶存無機炭素はΔ14Cが高いという特徴があります。 ここで溶存無機炭素は、光合成をする植物プランクトンや海藻によってとりこまれて有機物に変換されますが、その際に、溶存無機炭素のΔ14C値は、有機物に「刻印」されます。 つまり、親潮系水で育まれた植物体はΔ14Cが低くなり、黒潮系水で育まれた植物体はΔ14Cが高くなります。 実際、黒潮系水と親潮系水の入れ替わりがおこる三陸の湾(大槌湾)でワカメの側葉のΔ14Cを測定したところ、湾が黒潮系水によって満たされているときに形成された側葉のΔ14Cは高く、親潮系が浸入したあとに形成された側葉のΔ14Cは低いことが明らかになりました。
植物プランクトンや海藻は植食者の餌となり、植食者はさらに捕食者によって食べられますが、そのような食物連鎖のプロセスを通じてΔ14C値は保存されると予想されます。 つまり、黒潮系の植物プランクトンを基盤とする魚はΔ14Cが高くなり、親潮系を基盤とする魚はΔ14Cが低くなると考えられます。この仮説を検証するために、東北地方の三陸沖で捕獲された30種類の魚のΔ14Cを測定したところ、いわゆる南方系の魚はΔ14Cが高く、北方系の魚はΔ14Cが低いという傾向がみえてきました。 この原理をうまく使うと、水産資源生物を含むさまざまな海洋生物の餌場や回遊履歴についての有益な情報を得るための新しい手法が開発できるのではないかと期待しています。
各種同位体の利用
本プロジェクトでは、炭素14のほかに、ヨウ素同位体比も同様な使い方ができるのではないかと考え研究をすすめています。 また、これまでも広く用いられてきた炭素や窒素の安定同位体比についても、より高精度な成分別分析をすることで従来の同位体生態学の枠を超えた、新たな手法を開発することを目指しています。
本研究は、科学技術振興機構CRESTプロジェクトや日本学術振興会科学研究費補助金などの支援を受け、多くの研究機関との共同研究として進めています。
本プロジェクトに関連する主な成果
本プロジェクトの研究において得られた成果を以下に紹介します:
■ 海生生物の回遊履歴についての解明が進められています。
本研究は、独立行政法人科学技術振興機構(CRESTグラント番号:JPMJCR13A4)の支援を受けております。
■ 2017年5月20日~5月25日に幕張で開催された、Jp-GU-AGU Joint Meeting 2017で、ザトウクジラ、マイワシ、サケの回遊履歴の解析についてポスター発表を行いました。Report – Jp-GU-AGU(幕張)でポスター発表
■ 永田俊・宮島利宏編「流域環境評価と安定同位体―水循環から生態系まで」京都大学学術出版会 2008年
同位体や同位体生態学についてもっと知りたい方にお薦めします。
■ Maki, K., Ohkouchi, N., Chikaraishi, Y., Fukuda, H., Miyajima, T. and Nagata, T. (2014) Influence of nitrogen substrates and substrate C:N ratios on the nitrogen isotopic composition of amino acids from the marine bacterium Vibrio harveyi. Geochimica et Cosmochimica Acta, 140: 521-530. DOI:10.1016/j.gca.2014.05.052
海洋細菌のアミノ酸別窒素同位体比が、基質の種類やC:N比によって複雑な変動をすることを明らかにしました。