外洋域における生物地球化学的な観測が本格的に始まったのは19世紀にさかのぼります。 それ以来、プランクトン、栄養塩類、有機物、微量元素等の広域的な分布パターンに関する研究は国際的に活発に行われてきました。 現在では、衛星からの海洋観測データやスーパーコンピュータを使った数値モデルの解析の結果も広く活用されるようになり、様々な海域における生元素循環の特徴についての理解は大きく深まってきているといえます。 しかし、このような研究の発展とともに、新たな謎もでてきました。
溶存有機物の謎
たとえば、海水中に溶けている溶存有機物がひとつの例です。 溶存有機物に含まれている炭素の量や同位体比を精密に測定した結果、海洋には約7000億トンの炭素が溶存有機物の形態で存在していること、またその大半は、きわめて緩慢にしか分解されない難分解性の成分であることがわかってきたのです。
ある研究によれば、海洋における溶存有機炭素の平均寿命(有機物が生成されてから分解されて二酸化炭素に戻るまでの時間)は、6000年と推定されています。このような長期にわたり莫大な量の炭素が海水中に滞留しているということは、大気中の二酸化炭素(その総量は炭素換算で6900億トンです)の増減や海洋生態系の生産性にも影響を及ぼす可能性があります。
しかし、溶存有機物とはいったいどのような化学物質なのか、それはどのようにして生成するのか、また、なぜ分解されずに長期間にわたって滞留するのか、といった疑問には、まだ十分には答えられていません。
本プロジェクトでは、このような溶存有機物の謎を含め、外洋域における大規模な生元素循環のさまざまな未解明問題に取り組むために、学術研究船白鳳丸などの研究船の先端的な設備を活用しながら、南北北太平洋、南大洋(南極海)、北極海といったさまざまな海域での観測を実施しています。
これらの研究は、おもに日本学術振興会科学研究費補助金の支援をうけ、多くの研究機関との連携のもとに進めています。
本プロジェクトに関連する主な成果
Uchimiya, M., Fukuda, H., Nishino, S., Kikuchi, T., Ogawa, H. and Nagata, T. (2013) Vertical distribution of prokaryote production and abundance in the mesopelagic and bathypelagic layers of the Canada Basin, western Arctic: Implications for the mode and extent of organic carbon delivery. Deep-Sea Research I. 71: 103–112. DOI:10.1016/j.dsr.2012.10.001
西部北極海のカナダ海盆において微生物の全深度分布を始めて明らかにしました。
Hasumi, Y. and Nagata, T. (2014) Modelling the global cycle of marine dissolved organic matter and its influence on marine productivity. Ecological Modelling, 288: 9-24. DOI:10.1016/j.ecolmodel.2014.05.009
溶存有機物と微生物を組み込んだ全海洋規模の数値モデルを使って、観測結果との比較を行うとともに、溶存有機物が海洋生態系の生産性に及ぼす影響を評価しました。