【研究の背景・目的】

海洋表層で生産された有機物が凝集体となって中・深層へ沈降する過程(生物炭素ポンプ)は、大気中二酸化炭素濃度の調節に関わる、海洋炭素循環の大動脈ともいうべき重要なプロセスである(図1)。しかし、従来、その制御機構の理解は物理モデルに立脚していた為、凝集体を利用する多様な生物の役割については未解明の点が多く残されてきた。このことが、気候変動に対する海洋炭素循環の応答を予測する上での大きな制約になっている。

本研究では、凝集体を生息場とする微生物の群集を「凝集体生命圏」として新たに概念化し、有機凝集体の生成・発達・崩壊に関わる主要な制御要因として提唱する。異分野融合的なアプローチを用いることで、凝集体生命圏の複雑な振る舞いを、新たな切り口から解き明かし、これまで見逃されていた凝集体生命圏による炭素鉛直輸送の制御機構を解明する事を目的とする。

 

 

 

 

 

 

 

 

【研究の方法】

凝集体生命圏に関わる以下の3つの問いを、船舶観測、操作実験、数理モデルから解明する。(1)構造に関する問い:凝集体生命圏の構成種に一般的な特徴はあるか? (2)機能に関する問い:凝集体動態の制御に関わる主要な生物間相互作用と物質代謝はなにか? (3)応答に関する問い:環境条件が変わると凝集体生命圏とそれが駆動する炭素鉛直輸送はどのような応答をするか? 密接に関連するこれらの問いを、粒子動態、炭素循環、微生物・遺伝子解析、生物情報科学、数理モデリングの専門家の学際的な協力のもとに追及する(図2)。

 

 

 

 

 

 

期待される成果と意義】

本研究の成果は、大規模な海洋炭素循環の制御機構の理解を深化させることを通して、地球環境や海洋生態系の将来予測の精度向上に貢献すると期待される。従来の研究では、凝集体の動態を粒子同士の物理的な相互作用のみからモデル化してきた。しかし、近年の研究の結果、凝集体の動態を理解する為には、これまで未知であった微生物群集やウィルスによる生物学的制御を考慮することが不可欠であることが国際的に大きな議論になり始めている。そのような学術動向の中で、本研究は、世界に先駆けて、多分野の専門家の知識や技術を集結することで、従来のアプローチでは解明が困難であった、境界領域的な問題群の究明を進める。これを通して、海洋炭素循環・微生物研究における我が国のプレゼンスの向上に貢献する。また、謎の多い「凝集体生命圏」の実態を解明することで、生物多様性の機能的な役割を、新たな視点から解き明かすことにもつながると考えている。

当該研究課題と関連の深い論文・著書】

Guidi et al. (2016) Plankton networks driving carbon export in the oligotrophic ocean. Nature, 532, 465-470.

Yamada et al. (2018) Aggregate formation during the viral lysis of a marine diatom, Frontiers in Marine Science, doi.org/10.3389/fmars.2018.00167